東京高等裁判所 昭和37年(ネ)572号 判決 1962年10月19日
控訴人 吉田才吉
被控訴人 野村不動産株式会社
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取り消す。債権者控訴人、債務者被控訴人間の東京地方裁判所昭和三五年(ヨ)第四、五一八号不動産仮処分事件について、同裁判所が同年七月二十五日した仮処分決定を認可する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文第一項と同趣旨の判決を求めた。
当事者双方の主張及立証は原判決の事実摘示と同じであるから、これを引用する。
理由
控訴人は昭和三十七年五月三十一日当裁判所に対し前記仮処分申請の取下書を提出し、これに対し被控訴人は同年六月十二日右取下に異議がある旨の書面を提出したので、本件においては先ず右取下の効力の有無が問題となるのであるが、この問題は、結局、保全訴訟において審理のために口頭弁論が開かれた場合、申請人(債権者、以下同じ)の申請取下について民事訴訟法第二百三十六条第二項の準用があるかどうかによつて決せられる筋合である。思うに、同条項が訴の取下の効力を被告の同意にかからしめているのは、被告が本案に対して応訴すると同時に被告はその訴において原告の主張する請求(訴訟物)の当否に関しその訴訟手続を利用して審理裁判を求める訴訟上の権利ないし利益を取得するから、原告といえども一方的に被告のこの権利ないし利益を失わしめることができないのであり、このことは原告が訴によつて権利保護を求める訴訟上の権利ないし利益を被告の側で一方的に失わしめることができないのと同様であつて、要するに、対立する当事者の訴訟上の地位の対等と衡平を期するためいずれの当事者も訴訟法律関係から一方的に離脱できないことの原則を端的に表わすものにほかならない。この理は、当該訴訟手続によつて得られる確定判決が既判力を有するか否かによつて左右されるべきものではない。すなわち、保全訴訟において判決が確定してもその判決は被保全権利の存否についての実体的確定力をもたないことは明らかであるが、申請人敗訴の判決が確定すれば、その後申請人が同一の被保全権利につき同一の必要性の下に再び同様の保全処分の申請をしても、先の申請人敗訴の確定判決の効力によりこれが却下を免れないのであつて、その意味において被申請人(債務者以下同じ)は保全訴訟における申請人の保全請求権(訴訟物)自体についての消極的確定の利益を有するものというべく、この利益はいわば本案訴訟における被告の有する消極的確定の利益に対応するものであつて、決して軽視さるべきものではない保全訴訟において被申請人が申請人の主張、立証に対し全力を挙げて主張、立証等防禦の方法をつくしているに拘らず、被申請人の同意を要せずに申請人が申請の取下を有効になしうるとすることは、申請人が一方的に被申請人のかゝる努力を水泡に帰せしめ申請人の保全請求権(訴訟物)につき裁判所から消極的確定の判断を受ける被申請人の権利ないし利益を失わしめることになるのであつて、このような解釈は、対立当事者の訴訟上の地位の対等と衡平を所期する訴訟法の理念に著しく反するものといわなければならない。されば、仮処分の申請を口頭弁論を開いて審理裁判する場合には前記民事訴訟法の規定の準用があるものと解するのが相当であつて、控訴人の前記取下はその効力を有しないものといわなければならない。
よつて進んで本案の判断に入るべきであるが、当裁判所は、原判決摘示の理由と同様の理由で、前記仮処分決定はこれを取り消し、その仮処分申請はこれを却下すべきものと判定するので、右摘示を引用する。
すなわち、原判決は相当であつて本件控訴は理由がないからこれを棄却すべきものとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九十五条、第八十九条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 牛山要 田中盈 今村三郎)